冠遺跡群は、西中国山地中央部に位置する2km四方に満たない広さの小盆地、通称「冠高原」に位置する。現在の行政区分では、主要部分は広島県廿日市市吉和に属し、一部が同市飯山・山口県岩国市錦町に及ぶ。「冠高原」には、北東約3kmにある冠山(1,339m)起源とされる安山岩の転礫が大量に分布しており、特に多くの原石が分布する丘陵頂上部や斜面、「冠高原」内を流れる小河川に面した微高地上を中心に、多数の石器製作跡(地点)が展開する。
冠遺跡群は1959年、地元研究者によって石器の分布が確認され、同じころ広島市内の縄文時代遺跡から出土した石器の石材産出地推定結果との関連から原産地遺跡として意識されることとなり、1970年代に広島県教育委員会や広島大学考古学研究室が行った分布調査によって、その利用開始が旧石器時代に遡ることが判明した。
その後、中国自動車道建設や国道改良に伴う発掘調査において層位的に文化層が確認されて、旧石器時代を通して石器組成・製作技術の変遷をたどることができる標識的遺跡として評価されるようになり、さらに、1991年から広島県教育委員会が10年間実施した範囲・内容確認調査により、遺跡の範囲や原石の産状・石材利用のあり方などの解明が進んだ。
層位と指標となる石器の形態等により、大きく3期に区分される。第1期は姶良丹沢火山灰(AT)下層から出土する石器群で、台形様石器や小型のナイフ形石器、錐状石器、掻器などが特徴である。ナイフ形石器文化前半期の中でも古い段階に位置付けられる。第2期はAT上位の黄〜橙褐色シルト層から出土する石器群で、切出形や国府型類似のものを中心とするナイフ形石器や角錐状石器などが特徴である。個々の地点の石器群はナイフ形石器の形態組成や角錐状石器の有無などにより、細分が可能である。第3期はクロボクないし漸移層から出土する石器群で、槍先形尖頭器や小型の幾何形ナイフ形石器などを指標とするほか、様相ははっきりしないながら細石核を指標とする石器群もこの時期に含まれる。原産地遺跡としては国内随一ともいえる良好な堆積状況を呈するため、層位・平面分布から一括資料を抽出することが可能な石器群が多く、後期旧石器時代を通して原石の採取・石器製作技術・他の遺跡からの石器の搬入や他の遺跡への石器の搬出などのあり方の変遷を知ることができる。
用語 | |
姶良丹沢火山灰(あいらたんざわかざんばい,AT) | 今から29,000年前の鹿児島県姶良カルデラの巨大噴火によって、日本列島の広域に降り積もった火山灰。後期旧石器時代の前半と後半を分けるカギとなる重要な火山灰層。 |
台形様石器(だいけいようせっき) | 上側縁に鋭い素材縁辺を残し、他の側縁を急角度の剥離,緩角度の剥離,折断等の手法によって調整することによって、逆台形・逆三角形等に整形した石器。日本列島の後期旧石器時代ナイフ形石器文化前半期に、特徴的に存在する。 |
ナイフ形石器 (ないふがたせっき) | ナイフのような鋭い刃を一部に残し、その他の側縁に急角度の加工を施して柳葉形、三角形等の形に仕上げた石器。形態や製作技法によって時期差・地域差の指標にもなっている、日本列島の後期旧石器時代を代表する石器。 |
角錐状石器(かくすいじょうせっき) | 両側縁に急角度の剥離による調整加工を施し、両端あるいは一端を尖らせて、平面形を柳葉形ないし紡錘形、断面形を三角形ないし台形に整えた石器。日本列島の後期旧石器時代ナイフ形石器文化後半期に、特徴的に存在する。 |
槍先形尖頭器(やりさきがたせんとうき) | 平坦剥離を多用して、槍先形(木葉形、紡錘形、涙滴形等)に仕上げた石器。日本列島の後期旧石器時代終末期に、特徴的に存在する。 |